ひきこもごも

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師走

2018/12/7

 街がクリスマスのオーナメントで賑やかになってきました。
 クリスチャンでもないのにキリストの生誕を祝うという商業リズムに上手に乗ってしまうところが日本人の特質でしょうか。若い層に定着してしまったものをとやかく言う気もありませんが、バレンタインやハロウィンなどもそうですよね。そのつどに盛り上がる街を眺めていると、老いるということの孤独が身に沁みます。
 実は先年、鉄砲玉が体を射抜いた出来事があり…以来、玉穴が塞がらなくて苦慮しています。スカスカと風が通り、自身の実体を感じることができなくなってしまったのです。
 で…箍が外れたように行事を詰め込んでいます。この秋も作品展、正倉院、茶会、コンサートなどなど。これまでは着るものや挨拶のシミュレーション、そして終わった後の余韻を楽しんだものですが、今ではどんなに鼓舞しても夢遊病者のように…物事が通過していくのを消化・傍観しているだけなのです。山行、ハイキングも、自然が相手ゆえに無常観に捕まってしまいます。この状態は加齢による脳の衰えもあるでしょう。でもそれは逆に幸いです。記憶がある限り塞ぎようのない傷跡だからです。死ねば玉穴は消滅します(笑)
 先に、クリスマスは他所の国の祝いと書きましたが…キリスト教会の運営する幼稚園に通っていましたので幼少の頃のクリスマスは心弾む行事でした。
 クリスマスの朝、枕元の贈り物に夢中になって「湯たんぽ」で火傷をしていることに気づかずケロイドが残ってしまったのも今では思い出です。
 本年もまた洗練されていくオーナメントやクリスマスソングと共に追い立てられるように年の瀬を迎えてしまうのでしょう。
 新年度は新しい年号に変わります。「明治、大正、昭和」と生きた亡父を「凄いね」と冷やかしていましたが、「昭和、平成、新年号」と繋いでいく自分を自覚するなんて…考えてみたこともありませんでした。
 新年はすべてをリセットして華やぐ心を取り戻したいと…切望しています。