ひきこもごも

天目茶碗

2019/05/06

 黄金週間…渋滞の高速道路をブロッコリー状態の新緑の山々を左右に眺めながら、6時間半かけて、信楽のミホミュージアムで「大徳寺龍光院 国宝曜変天目と破草鞋」という特別展示会の「天目茶碗」を拝見してきました。

「龍光院」とは黒田長政(1568-1623)が父・如水・黒田官兵衛(1546-1604)を弔う為に創建した大徳寺塔頭で、江月宗玩(1574-1643)がその開基です。
 宗玩は堺の商人で茶人の津田宗達・宗及・宗凡と続く天王寺屋の生まれです。
 父・宗及は利休・宗久と並ぶ天下三大宗匠と呼ばれる茶人で、その次男であった江月宗玩は優れた江戸初期の学僧としても知られています。
 江月和尚の背景には南蛮・紅毛貿易の交易の盛んであった時期の堺港の豪商津田家、同じく交易盛んな博多港を治めた黒田家の両家、その一方の黒田家の建立した塔頭という意味で、「龍光院」には当時の舶載品が多く残されていても不思議ではない関係があったと推測しました。
 今回の天目茶碗は「三大天目茶碗」と称される龍光院・静嘉堂文庫美術館・藤田美術館それぞれが所蔵する、いずれも毅然とした印象の美しい三碗の内の一碗です。
 天目茶碗は中国(浙江省)・天目山の仏寺の常用の什器であり、鎌倉時代の禅僧が喫茶法とともに持ち帰ったので、わが国ではこの呼び名が伝わったとの説が一般的です。中国は福建省の「建窯」の作が代表的で「建盞天目」といわれています。素地が堅く、黒褐色または紫褐色を呈し、下部は厚く、高台は低く小さく、形状は浅く開き加減で、碗の口縁は鼈嘴状が特徴で、天目台に乗せて用いる茶碗です。
 他にも江西省、江南省の作があり曜変、灰被、黄盞、玳皮盞、烏盞と呼び分けられて珍重されている茶碗なのです。日本でも天目釉が鎌倉時代には瀬戸で用いられ始めて黒天目、黄天目、白天目等々あります。今日では一般的な茶碗ではありませんが、献茶等の儀式では重んじられている茶碗です。

 さてミホミュージアムに戻ります。実に辺鄙な場所にありますが、驚くほどの盛況で行列ができていました。受付の人が午前中は「天目茶碗」が目的の人ばかりだったと豪語していましたが、実際「クイック鑑賞」といって茶碗だけの人は並ばなくて観ることができるのです。さらに鑑賞時間も何分と制限されていて、照明も暗く…急き立てられて全容を鑑賞できなかったことは残念でした。
 遥々出かけて行って、美術館の対応は好感が持てませんでしたが「百聞は一見にしかず」でいろんな意味で参考になりました。タイトルの「破草鞋」は禅では何の役にも立たないの意です。現在の住寺の月浦和尚の深いお心だと感じ入りました。
 また浅学の身としては、点が線に繋がり新たなる研鑽の一筋が立ち現れてくるそんな展示品の数々でした。「これだから学問は学ぶほどに面白く止められない」そんな感慨を抱きながら五月の薫風とともに帰路に着きました。

※写真は龍光院の曜変天目、ミュージアムのHPから拝借しました。