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2015/12/23

聴香(もんこう)

 某大学の院生聴講生として通っている「文化財演習」の本年度最後の授業はサプライズの「聴香」で終了しました。
 この春、聴講を申し出て…前例がないとのことで卒業証明書ならびに成績証明書を付けて提出するも…教授会で決定ができずに学長決済で許可が下りたという聴講授業です。
 授業は二人の院生と私の三人ですが、教授を含めた四人の平均年齢が55歳という構成ですから愉快です。教授の研究チームは他に、博士課程の妙齢の学生さんが二人いらして実に真摯に研鑽を積まれています。演習内容は様々な漆作品を、電子顕微鏡、螢光X線、CTスキャン等で調査をしたうえで調書の作成や、修復の作業をされています。そのチームの研究成果は各地の学会発表で着々と成果を上げています。
 教授はお人柄もさることながら、徳川美術館の学芸員を三十六年間勤められていたお方です。多義に渡る豊富な知識を惜しみなく分けてくださり、有意義な一年でした。最終講義も今期で授業を離れる院生のためにと、「聴香」の授業でお別れという粋な計らいです。
 「聴香」は香木の香りを聴くことです。徳川美術館のある名古屋は志野流香道の家元があります。志野流=蜂谷家は足利義政に香道を指南した家柄で今日まで続いている流派です。ですから授業の「聴香」は志野流崩しの教授流でした。
 「香道」とは六国五味(伽羅・羅国・眞那蛮・眞那賀・佐曽羅・寸聞多羅)の香木を嗅ぎ分けて、各流派の作法に法って種々な趣向をこらして楽しむものです。
 まず最初に聞香炉の灰の中に香炭団を埋めて灰の形を美しく整え、灰上に雲母を置いて「蚊足馬毛」の大きさの香木を炷いて聴き分けます。
 例えば、最初に名前の分かった香を二香ほど聴いた後、名前不明の一香を加えて三香を順不同に聴きます。三香の炷かれた順番にそれぞれが感じた名前を記録紙に書いて、記録係に渡します。記録係は料紙に個人の回答を写します。その後、香点前の亭主から正解の披露があって、正否が判明してすべて聴き分けられ人に記録紙が授与されます。
 終始無言の静寂のなかで無心に香りを愉しみ聴きくらべるのです。これこそ日常から非日常の精神世界に移行できる優雅で高尚な遊びです。所作事を兼ね備えた人たちの遊び事だと聞いています。
 香木の香りは五臓六腑に優しく柔らかく染み込んで残り香が長く続きます。年の瀬に「聴香」の授業なんて憎いと思いながら、纏わりつく伽羅の放香を振りまきながら電車を乗り継いで帰路につきました。

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